東京地方裁判所 昭和36年(モ)3545号 判決 1961年7月10日
申立人 山陽木材防腐株式会社
右代表者取締役 田中真一郎
右訴訟代理人弁護士 富岡秀夫
同 中本光夫
同 井出正敏
同 井出正光
被申立人 星清四郎
<外三七名>
主文
申立人が被申立人のため金七、〇〇〇、〇〇〇円の共同の保証をたてることを条件として、当裁判所が昭和三六年(ヨ)第八〇三号不動産仮処分申請事件につき同年二月二八日付をもつてなした仮処分決定中第一項および第三項はこれを取り消す。
申立人のその余の申立はこれを却下する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を申立人の負担とし、その余を被申立人らの負担とする。
この判決は第一項にかぎり仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、被申立人らが、申立人を相手方とする東京地方裁判所昭和三六年(ヨ)第八〇三号不動産仮処分申請事件の仮処分決定をえて、同年三月四日、仮処分執行をしたこと、当時、申立人側の伐採夫らが入山していたことは、いずれも当事者間に争がない。
そして成立に争がない疎甲第一二号証および乙第二一号証の一、二、証人弦巻貞視(第一、二回)の証言により真正に成立したと認めらる疎甲第八および第九号証、第一四号証の一ないし四、第一五号証の各記載に、証人佐久間石松、星久春、弦巻貞視(第一、二回)、渡部文哉(後部採用しない部分を除く。)の各証言、ならびに被申立人星清四郎本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)を綜合すると、次の事実を一応認めることができる。すなわち、右仮処分決定の内容は「一、債務者の別紙目録記載の地上に伐採されて散在する目通り直径二〇糎以上のヒバおよび雑木の丸太につき、債務者の占有をといて、これを債権者の委任する福島地方裁判所執行吏の保管に移す。二、債務者は右地上に生立する目通り直径二〇糎以上のヒバおよび雑木の立木を伐採し搬出してはならない。三、執行吏は第一項の趣旨を適当の方法で公示しなければならない。」と定めているところ、右仮処分決定が執行された昭和三六年三月四日当時、別紙目録記載の土地の上(以下「本件地上」と称する。)にあつた目通り直径二〇糎以上のヒバおよび雑木の丸太(以下「本件伐倒木」と称する。)の数量は、おおむね一〇、〇〇〇石あつたことがうかがわれ、申立人は右仮処分の結果、本件伐倒木の搬出ならびに本件地上に生立する目通り直径二〇糎以上のヒバおよび雑木の立木(以下「本件立木」と称する。)の伐採搬出ができなくなつたこと、そのため、当時入山していた伐採夫、搬出夫は右仮処分の執行直後五、六日の期間右伐採搬出等の作業を休んだが、まもなく下山して全員の配置転換が完了したこと、申立人は、これよりさき日本国有鉄道(以下「国鉄」と称する。)との間に昭和三五年八月二六日付(以下「八月契約」と称する。)および同年一二月一五日付(以下「一二月契約」と称する。)をもつて鉄道用まくら木の製作納入に関する請負契約を結んでいたが、右契約にしたがい申立人が納入すべきまくら木の数量、代価は、三五、三〇〇丁、金二八、四一六、五〇〇円(以上八月契約分)および三一、〇〇〇丁、金二五、五一三、〇〇〇円であつて、もし、申立人が納期に履行を遅延したときは、延滞償金として一日につき遅滞部分の対価の五〇〇分の一に相当する金員を支払い、また履行を怠つたつために契約解除されたときは、違約金として対価(一部解除のときは解除部分に相当する金額)の一〇〇分の一〇に相当する金額を支払う旨の特約が結ばれていること、申立人は、すでに昭和三六年三月二八日から同年五月一二日までの間、まくら木納入の延滞償金として国鉄に対し四回にわたり合計金一、三四六、五四三円を支払つているが、八月契約分についてはすでに完納しており、現在右仮処分のために納入がおくれている一二日契約分のうち、その契約数量三一、〇〇〇丁中の若干の納入ができたほか、すでに他の方面に手配ずみで納入可能の約一〇、〇〇〇丁を除く残余の約二〇、〇〇〇丁については、他に手配をしてもすぐには間に合わないために、本件伐倒木の搬出によつて完納する必要があること、前記鉄道用まくら木は一石から約二丁半を製作できるから、もし本件伐倒木の搬出の制限が解かれて申立人にその製作納入をさせれば、おおむね二万数千石のまくら木を納入できることがうかがわれ、かようにして、前記契約数量の完納が可能となること、また木材の価格については、その種類時期、場所等諸般の条件により変動があるとしても、本年春ごろにおける現地の本件伐倒木の石当単価は、おおむね金四、五百円前後であると一応推認することができること、近時、木材の価格の高騰にともない、業者の買い付け等も激化し、無計画な山林の伐採による弊害を生じ、本件山林の所在する地帯においても、乱伐の結果豪雨期、台風期には土砂くずれ、山くずれ、こう水等の被害を招く危険があつて、このことは、すでに最近の同県下の地方新聞紙上にもとり上げられ、治山および河川対策がいまだ完全とはいえないこの地方の社会問題になつていることがうかがわれること(したがつて係争中の山林の立木等の伐採禁止仮処分に対する取消申立の当否を検討するにあたつても、単に抽象的に立木一般について金銭的補償が不可能でないことのみをもつて、この地方における最近の右のような事態を全然無視し、軽々に金銭的補償をもつて終局の目的を達成しうるものと断定して漫然立木伐採を放任する結果を招くことは適当でない。)、つぎに本件のごとく、伐倒木を山林中に放置したままでは、夏期には虫害におかされやすく、もし本件伐倒木が虫害におかされると、まくら木用材として不適当になり、いちじるしくその価値を減ずること、以上の事実を一応認めることができるのであつて、証人渡部文哉の証言ならびに被申立人星野清四郎本人尋問の結果中、右認定にそわない部分は、前期疎明と対照してにわかに採用できず、そのほか前記一応の認定を動かすべき疎明はない。
二、そこで特別事情の存否について判断するのに本件仮処分によつて被申立人らが保全しようとする権利が、その目的物件に対する所有権にほかならないことは本件弁論の全趣旨にてらして明らかなところ、右目的物件中、もし本件伐倒木に関する右仮処分決定第一項および第三項が取り消されて申立人が本件伐倒木を搬出処分したばあいでも、他に格別の事由の認められないかぎり、被申立人らとしては結局本件伐倒木の価格相当の財産上の損害をこうむることがあるにすぎないとみるべきである。してみると、右仮処分決定中、少なくとも本件伐倒木に関する部分にかぎり、被申立人らが仮処分によつて保全されるべき権利は金銭的補償をうることによつてその終局の目的を達しうべきものと解しうべきこと明らがであるから、右伐倒木に関する部分については、まさに民事訴訟法第七五九条にいわゆる保証を立てしめて仮処分の取消をすべき特別の事情があるというべきである。そして右保証の額は、本件伐倒木の価格、時価の値上り、その他諸般の事情を綜合考察して金七、〇〇〇、〇〇〇円を相当と認める。申立人は、さらに右仮処分決定第二項の本件立木に関する部分をも右伐倒木におけるばあいと区別することなく、右仮処分により申立人が異常な損害をこうむるのみならず、金銭的補償により終局の目的を達しうる旨主張して一括して特別事情による取消を求めているが、右仮処分決定第二項の本件立木に関する部分については、いまだ仮処分を取り消すべき特別事情を肯認しえないこと次のとおりである。すなわち、まず異常損害の面から検討するのに、申立人が前記のようにして本件伐倒木を搬出すれば、国鉄に対する前記まくら木製作納入請負契約の残数量約二〇、〇〇〇丁をも完納できるとみられること前記のとおりである以上、他に格別の事由でも生じないかぎり、もはや国鉄に対する納入未了による前記損害金に関する事由は、右仮処分決定中、本件立木に関する部分につき特別事情による取消申立の異常損害にあたるとは認られないのはもち論、積雪期に搬出できないための費用増加に関する事由についても申立人がもつぱら国鉄との前記契約の履行を問題にしている以上、本件立木に関しては右同様異常損害としては肯認しがたいのみならず、伐採夫ら人件費の損害についても、伐採夫らが作業を休んだのは数日の期間にすぎず、まもなく全員の配置転換が完了したこと前記のとおりである以上、右事由をもつても、右仮処分決定第二項の本件立木に関する部分まで取り消すべき特別事情の事由たる異常損害にあたるとは認められない。さらに、金銭的補償により終局の目的を達しうるかどうかの点を検討するのに本件のばあいには、前記説示のごとく本件伐倒木に関する部分の取消をすれば、申立人がもつぱら問題にしている国鉄との契約の履行にもともなう損害の拡大等は十分に避止することとが可能であるとみられるから、そのうえ本件立木に関する部分の取消をも必要とする事情に乏しいばかりでなく、乱伐の結果による前記弊害が警告されているこの地方において、さし迫つた必要も認められないのに係争中の保安林の伐採禁止仮処分を取り消して漫然申立人の伐採を放任することも妥当ではなく、むしろ諸般の事情を考慮すると、本件立木に関する部分にかぎつては、なお右仮処分の状態をそのまま保持せしめておくのを相当とすべく、いまだ金銭補償のみにより終局の目的を達しうべき特別事情が存在することは肯認しがたいのである。
三、よつて、右仮処分決定は、主文第一項および第三項の部分にかぎり、特別事情があるものとして、申立人に金七、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てさせてこれを取り消すのを相当と認めるから、申立人の本件申立は右部分にかぎり理由があるが、その余の部分は理由がないからこれを却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、本文、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用したうえ、主文のとおり判決する。
(裁判官 青山達)